神奈川大学の歴史

出来事
1928 米田吉盛が横浜市中区桜木町に横濱学院を開設。
1945 太平洋戦争敗戦。占領軍によって一時的に六角橋校地が接収されたため、大倉山の大倉精神文化研究所と三ツ沢の県立第二横浜中学校(現横浜翠嵐高校)にて授業を行う(翌年2月まで)
1973 5月/6月 川口大三郎事件を切っ掛けに、解放派はブントと共にWAC(早大行動委員会)に助太刀する。早稲田大学で革マル派全国部隊を3度にわたり粉砕。
9月14日、15日 深夜、新学期の直前、早稲田解放闘争(第3次早大闘争)の継続を恐れた早稲田大学生等の革マル派150名が「九・一五ミッドウェイ (空母) (USS Midway, CVB/CVA/CV-41) 横須賀母港化反対闘争」の為に神奈川大学3号館と宮面寮に泊り込んでいた解放派部隊約50人に4時間にわたり夜襲をかける。この結果、解放派部隊のほとんどが入院という大きな打撃を受け、反撃され捕縛された革マル派レポ東京大学生・金築寛(23歳)と元国際基督教大学生・清水徹志計2名が死亡(神大内ゲバ殺人事件)。この事件で解放派を指揮していた北條秀輝全学連委員長、永井啓之幹部(東大教育中退、革労協狭間派ナンバー2、革労協元幹部内ゲバ殺人事件で死亡)が指名手配される。
1974 横浜国大内ゲバ殺人事件では神奈川大学の学生が中核派らに鉄パイプ、バールで殴打され内ゲバの被害者になっている
1977 生協倉庫で火災が発生。喫茶部なども含め200㎡が全焼
1979 6月8日に警視庁公安部などが宮面寮を家宅捜索。同年、羽田空港で発生したテロ事件を革労協(社青同解放派)の犯行と断定したことによるもの
1987 朝鮮系カルトの偽装サークルが公然と大学に介入しようとし、また学内で自治会の学生運動を潰そうとする。それに反発し阻止。久々の機動隊出動。
1996 内ゲバ殺人事件に絡む機動隊の強制突入により全学自治会は解体された。
2014 神奈川大学アメフト部の学生が、別の学生を金属バットで殴り、傷害の容疑で書類送検
2016 神奈川大学経済学部の学生が、ドイツ・ケルン大聖堂の階段に名前を落書き
2020 神奈川大学経済学部の卒業生である渡部健が、多目的トイレに度重なる不貞行為を行う
神奈川大学経済学部元准教授の岩下仁が、女子学生の鍵を盗み自宅に侵入、下着を盗む
2022 経済学部の元教員が、公的研究費385,310円を不正に使用していた
2024 2025年度外国人留学生入試の筆記試験の選考方法に関する内容に誤りがあり、謝罪
2025 2025年度給費生試験にて、政経に問題不備があり、謝罪
2025年度一般入試にて、国語・日本史・生物に問題不備があり、謝罪